この記事はアスキーの Linux magazine 2002年7月号に掲載されたものです
オープンソース開発の中心的なサイトである『SourceForge.net』の日本語版『SourgceForge.JP』が、4月19日に正式運用開始を発表した。しかし、すでに本家SouceForge.net自体も国際化しているのに、ここであえて日本語版を公開しなければならなかった理由は何なのだろうか。 日本のオープンソース開発の拠点、SourgeForge.JPはどのような動機で設立され、そして何を目指すのか、企業としてオープンソースを支援する VA Linux Systemsジャパン株式会社のOSDN事業部チーフマネージャーである佐渡秀治氏と、同事業部エンジニアの安井卓氏に話を聞いた。
5月現在、SourceForge.netで行なわれているプロジェクトの総数は4万以上に及び、開発に参加しているエンジニアも42万人を越えている。事実上、世界最大のオープンソース開発コミュニティであるといえよう。一方、それらのプロジェクトを検索してみると、「Natural Language」として日本語への対応を明示しているのは200プロジェクト程度だ。
「SourceForge.netで開発が行なわれている日本発のプロジェクトというのは、たとえばw3mやWideStudioなど、よく見ると結構あるのですが、それでも3桁程度です。これは、SourceForge.net全体から見ると非常に小さい数字です」(佐渡氏)。
VA Linux Systemsジャパンは、設立当初からOSDNの活動を国内で展開することを検討していた。その結果として、日本語での議論が可能な情報サイト、スラッシュドットジャパンやOSDN Japanといったサイトを立ち上げ、成果を上げている。しかし、SourceForgeに関しては、初めから日本版のサイトを立ち上げようと考えていたわけではなかった。
「最初の頃から、日本でオープンソースのアプリケーションをどうやって増やすかということについて、SourceForgeを使って何かやろうということは考えていたんです。でも、SourceForge的なものを多く作っても、(開発者やプロジェクトが)分散してしまってあまり良くないと考えていて、当初はSourceForge.netを国際化することを考えていたんです」(佐渡氏)。
しかし、SouceForge.netの国際化や、OSDN Japan、スラッシュドットジャパンなどの活動を開始して1年近く経過し、振り返ってみたときに日本発のプロジェクトがほとんど増えていない。一方で、メディアが盛んに、Linuxなどのオープンソースソフトウェアがエンタープライズ向けやエンベデッド向けの市場で拡大している、と報じているのを見て、疑問に感じたという。
「オープンソースの世界では、一番底辺を支えているエンジニアが増えていかないと、市場が広がっていかないんです。そういった人たちが増えていかないのに、なぜ市場が拡大していると言えるのか不思議ですよね。確かにオープンソースの世界には国境はないですから、日本は欧米で生み出される成果を利用することに徹している、という考え方もできます。実際、SourceForge.netへのWebアクセスだけを見ると、日本人が相当いるわけです。しかし、将来を見据えていえば、それは日本にとってあまり良くないことだと思うんです。ものを作らなければ、市場は発展しないはずですから。オープンソースの市場を広げることを考えたときに、SourceForge.netだけでは限界があるのではないかと感じたわけです」(佐渡氏)。
SourceForge.netには、米IBMや米SGI、米Intel、米Hewlett Packardなどのデベロッパーが数多く開発に参加している。彼らの多くは趣味ではなく、勤務時間内に仕事としてオープンソース開発にコミットしているのだ。彼らは自社の資産をオープンソースとして公開し、より多くの開発者を集めることに成功している。一方、日本では企業としてオープンソースに取り組んでいるところはそれほど多くはない。
「日本ではやはり、企業内でのエンジニアの地位がそれほど高くないというのがあります。だから、エンジニアがオープンソースにしたいと思っても、企業内で開発して自分たちが使うものを、どうして外に出さなければいけないのかと周りに言われてしまうことがあります」(佐渡氏)。
このような状況を打開するためにも、プロジェクトの数が必要だという。
「SourceForge.netがそれだけの影響力を持つようになったのは、圧倒的な数があったからだと思うんです。プロジェクトやデベロッパー、そして彼らが書き上げた圧倒的な量のソースコード資産がそこにあるわけです。我々も同じように、人やソフトウェアを地道に増やして、影響力を強めていくことができればいいと思っています」(佐渡氏)。
フリーウェアを紹介するWebサイトなどを見ると、日本にも多くの開発者がいることがわかる。そして彼らの多くは、オープンソースに非常に近いライセンスでソフトウェアを配布していることがある。
「Vectorを調査してみたのですが、フリーウェアって結構あるんです。ライセンスを見ても、ソースコードもあって改変自由、というものもかなりある。ところが、どこかに雑誌に載せる場合は一報しなければいけないみたいのがある。この一文さえなければオープンソースなのに、というのがほとんどなんです」(佐渡氏)。
このようなソフトウェアがすべてオープンソースになれば、それだけで大量のソフトウェア資産がオープンソースとして提供されることになる。
「我々が'97年頃にオープンソースという言葉を使い始めて、日本でも'98年、'99年くらいにオープンソース革命としてもてはやされましたけれども、実は日本ではオープンソース革命はまだ起きていないんです」(佐渡氏)。
本当の「オープンソース革命」を引き起こすこと、それがSourceForge.JPの重大な使命だ。
インターネットを中心に行なわれているオープンソースのプロジェクトには、3つの壁が存在するという。
「たとえば、会社の隣の席で開発をしていたら、こうしたいと思うんだけどとすぐに相談できますよね。しかしネットワーク上だと、すぐに話せないという距離的、時間的な壁と、さらに言葉の壁があるわけです。その言葉の壁を取り除いたものがSourceForge.JPということになります」(安井氏)。
確かに、SourceForge.netの国際化が行なわれ、Webページの多くが日本語で表示することが可能になってはいる。SourceForgeの開発システムについて知識のあるユーザーなら、問題なく使えるレベルだ。しかし、メーリングリストなどのコミュニケーションツールでは日本語を利用することができない。日本人のデベロッパー同士であったとしても、SourceForge.netを利用して開発を行なう場合には、英語でコミュニケーションする必要が生じてしまう。
「SourceForge.JPの場合、すべて日本語ですので、そういう意味では垣根が低いです」(佐渡氏)。
しかし、SourceForge.JPはSourceForge.netの単なるローカライズ版というわけではない。
「申請のベースなどは日本語で案内が出ますけど、プロジェクト単位でSourceForge.JPのWebページを英語のブラウザで見に行くと、すべて英語で表示されるんです。英語圏のユーザーも入りやすいようにしています。だから、実際にはバイリンガルなシステムなんです」(佐渡氏)。
SourceForge.JPは、Webホスティング、メーリングリスト、BBSといったコミュニケーションツールから、Git/SubversionサーバやSSH環境、チケットといった開発ツールに至るまで、オープンソース開発に必要なあらゆる機能を提供している。デベロッパーはこれらすべてのツールを自由に利用することが可能だ。
「今までは開発を始めようとすると、WebページやCVSサーバを用意して、それに全員のユーザー登録をして、というのがあったわけですけれど、SourceForgeを使えばそういう作業はWeb上で一括してできますし、オープンソースの開発ツールとしてはベストだと思っています」(安井氏)。
「オープンソースの開発だと、ISPのサービスを受けたりして行ないますが、ISPではそのような機能は制限されていることが多いわけです。しかし、SourceForgeではそういった機能制限はほとんどありません」(佐渡氏)。
SourceForgeが提供する機能自体、開発を始めるための準備、という障壁を取り去るものであるといえよう。
一方、現在提供されているSourceForge.JPの機能は必ずしもSourceForge.netと同じものではない。
「たとえばドキュメント管理エンジンやファイルリリースのシステムは、SourceForge.JPのほうが洗練されたシステムを使っていますし、一方でSouseForge.netには、メーリングリストの全文検索機能とか、各プロジェクトが自由に使えるデータベースがあります。それらは近いうちにSourceForge.JPでもサポートする予定です」(佐渡氏)。
SourceForgeでの開発は、フリーウェアの開発などと違い、多くの場合公開された環境で、共同で作業を行う。
「SourceForgeの開発はすべてオープンになっていて、ソースコードはもちろん、バグトラッキングなどもすべてオープンです。これまでソフトウェア開発に関わっていなかった人たちも、開発の様子を目の当たりにすることができるわけですよね」(安井氏)。
SourceForge.JPに登録されているプロジェクトはすでに100件を越えているが、必ずしもソフトウェア開発プロジェクトだけではない。ライセンスのあり方を検討するプロジェクトや、ドキュメントを整備するプロジェクト、ユーザーグループなどといったプロジェクトも登録されている。
「我々はオープンソースを支援するという立場ですので、SourceForgeのツールを使った方が便利だと思ってくれているプロジェクトであれば、必ずしもソフトウェア開発でなくてもオープンソースのプロジェクトとして登録しています」(佐渡氏)。
これは、デベロッパーでない人でもオープンソースの開発に関わることができることを意味する。これまでユーザーだった人が、開発に目を向けるきっかけとなりうるだろう。
「ユーザーができるだけ開発に目を向けることで、面白いソフトウェアや何らかのアイディアが出てくるかもしれません。SourceForge.JPでそれがある程度実現されるとうれしいですね」(安井氏)。
SourceForge.JPの将来のビジョンについて聞くと、2人からは意外な答えが返ってきた。
「個人的には、遠い将来にはSourceForge.JPがなくなった方がいいと思っています」(安井氏)。
「こういう言い方はまずいのかも知れませんが、SourceForge.JPは必要悪なのかも知れません」(佐渡氏)。
彼らがともに目指すのは、日本にいるデベロッパーが、初めからSourceForge.netでプロジェクトを開始できるようになることだ。SourceForge.JPは、そのために用意されたひとつのステップに過ぎない。
「以前、日本語化されたDebianを開発するためにDebian JPプロジェクトがありましたが、今ではDebian JPではパッケージをリリースしてはいません。Debian JPはあくまでもDebianではなかったからです。現在では、Debian JPの成果物もDebian本体に取り込まれていまして、そういう意味で、Debianは単に国際化したシステムではなく、ユニバーサルなシステムになっているわけです。SourceForgeも、そういった真にユニバーサルなシステムを目指します」(佐渡氏)。
「国際化」することと「ユニバーサル」なものになることの違いとはどのようなものなのだろうか。
「国際化というのは、国と国の間に境目がある概念ですよね。だから国際化といってしまうと、そこにネーションやナショナリズムの壁があるように見えます。ユニバーサルというのはどこに行っても一緒のもの、同じものが使えるという意味です」(佐渡氏)。
現在、機能的にも微妙な違いのある本家SourceForge.netとSourceForge.JPをユニバーサルなものにするために、今後どのようにしてゆくのだろうか。
「8月にはSourceForge 2.7が公開される予定でして、今後バージョンが上がるごとにどんどん統合されて、Web的にはほとんど境目がなくなるというところまでいけるかもしれません。ただ、システム全体が非常に巨大なものですので、データベースレベルでの統合といったことは、それほど簡単ではないでしょう」(佐渡氏)。
システムの統合まではいかなくとも、プロジェクトを相互に紹介するためのシステムを近いうちに用意する予定があるそうだ。
「近い話ですと、今後、半年以内くらいをめどに、日本のプロジェクトのニュースなどを、XMLベースでSourceForge.netに紹介するようなシステムを用意したいと考えています」(佐渡氏)。
SourceForge.JPは開始から1カ月足らずで、すでに100プロジェクト以上をホストし、1000人以上のディベロッパーが開発に参加している。このペースが今後も持続して行けば、日本でも本当の「オープンソース革命」が現実のものになるかもしれない。
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更新日時: 2020-03-02 17:33:35, 更新者: ishikawa
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